開催されたオリンピックでの成績

競泳とは、水泳の速さを競い合うスポーツの事を言います。海に囲まれている日本では、古くから武士のたしなみとしても競泳が盛んに行われていたそうです。

全国水泳大会が初めて開催されたのは1914年で、その十年後の1924年には、現在の日本水泳連盟が発足されました。

日本は競泳で世界一の実力を誇り、1932年に開催されたロサンゼルスオリンピックでは、男子が6種目中、5種目を金メダル獲得という素晴らしい快挙を成し遂げ、更には100メートル背泳ぎでは、金メダル、銀メダル、銅メダルの全てを日本人が獲得するなど、日本の競泳の実力を世界に見せつけました。

その後、開催されたオリンピックでも日本の実力は衰える事なく、世界を圧倒し続けました。

しかし、第二次世界大戦や太平洋戦争などの影響によりオリンピックは中断され、1948年に開催されたロンドンオリンピックでは、日本人は出場する事自体が出来ませんでした。

このような状況から、日本は世界から実力を疑われる事態にまで陥ってしまいましたが、1949年に開催された全米選手権で日本人選手は出場を果たし、見事に世界新記録を連発、再び日本人の強さを世界に見せつける事に成功しました。

その後日本は、世界のレベルアップや体格的な問題から世界レベルについていけなくなり、徐々に順位を落として行きました。

日本で開催された東京オリンピック以降は、中々実力を発揮する事が出来なくなった日本人選手は、低迷期へと突入してしまいました。ですが、これで終わるはずはありませんでした。

1988年に開催されたソウルオリンピックで、鈴木大地選手が100メートル背泳ぎで金メダルを獲得し、見事な復活劇を世界に見せつけました。

その4年後に開催されたバルセロナオリンピックでは、当時14歳だった岩崎恭子選手が200メートル平泳ぎで金メダルを獲得し世界を圧倒させました。

14歳という若さでの金メダル獲得は、競泳最年少記録金メダリスト(オリンピックメダリスト日本人最年少記録)になるなど世界の話題を集めました。

その後は、またまた世界の実力について行けず結果を残す事が難しくなった日本人選手でありましたが、北島康介選手の活躍で再び世界から注目を集める事が出来ました。

2004年に開催されたアテネオリンピックで北島康介選手は、平泳ぎで二冠という素晴らしい快挙を成し遂げ、更にメドレーリレーでは銅メダルを獲得するなど、日本人の選手達の素晴らしい活躍ぶりで、合計8個のメダルを獲得する事が出来ました。

北島康介選手は、2008年に開催された北京オリンピックでも二冠という快挙を成し遂げ、日本人史上初となるオリンピック2大会連続2種目制覇という記録を達成しました。

平泳ぎでの2大会連続2種目制覇という記録は、世界でも初めての記録として世界中から注目を集めました。

2012年に開催されたロンドンオリンピックでは、11個のメダルを獲得し、日本人選手の実力の強さを世界にアピールする事が出来ました。

古い歴史を持ち、古い時代から実力を世界に見せつけてきた競泳ですが、まだまだ日本人選手達の実力は衰える事を知りません。これからの活躍ぶりもとても楽しみです。